び交う言葉も様々、それぞれの表情も半月前のソ福田道治の母親は、8月28日、バザルに出て初めての買帳の最初には8月28日、トマト。ハン26連軍侵攻時とはがらりと変わっている。い物をした。ざら紙で作ったメモ福田は、このバザ円と記されている。ルで兄が大切していた卓上時計を7円で売り、肉の缶詰3個を手に入れたことを印象深く覚えている。人でごった返しているはずなのに、連兵に見つかり次、日本人の男の姿はほとんど見えない。日本の成人男性はソ片っ端から逮捕されどこかに連行されていた。この男狩りと呼ばれた投致は9月上旬まで続き、その問、男たちはどこかに息を殺してひきこもっていた。ビクトルは好奇心でわくわくしながら、そこらじゅうを歩き回った。こんなときは家にいな3ハノレビンの孤独な日々さいとどんなに叱られでもそんなものはどこ吹く風だ。面白いなあ街には中国国民党の青天白日旗とソ連国旗が、女性の着物を、ソ連兵が中国人に売りつけている。によるダワはあちこち頻繁に起こっていた。いたるところにたなびいている。掠奪してきた囚人兵はいなくなっても、暴行も治まらない。たちの悪い一般兵かまふたハルビンは地獄の釜の蓋がふっとんだ無府状態と化していた。

